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しちおう ブログ

不登校を経て、作業療法士として病院に勤務、現在は稲沢市議会議員として活動する「しちおう」のブログです。

自信と受験と、就活と

以前に、子どもに関する勉強会で「自信をどのように身に付けるか」について話し合ったことを報告しました。

子どもに必要な自信【日々の事】 - しち おうブログ


SNS上で、友人らが、自身の経験を基に自信を身に付ける方法について意見を下さったので、一部紹介します。

Aさん
自分自信も成功も失敗も含めて、何かを成し遂げた経験が自分の自信になってます。だから、失敗してめげそうになっても、それをプラスに変えられると信じれるようになりました。今日も反省してますが、これでまた成長できる気がします。

やはり、経験が自信の裏打ちとなったそうです。
一度“できた”経験を詰めれば、他の物事にも、「失敗しても、必ずいつかは上手くいく」とプラスに捉えられるようになる。自信が付けば、ポジティブにもなれることを示唆しています。


Bさん

自信の有無は、何かを自分の力で“やり遂げた”経験があるかどうかにかかっている気がします。私自身、自信がある方ではないのですが、自分の人生これだけは一生懸命やったということができてからは、人と比べてどうとか、人に何かを言われたからといってそれほど気にならなくなりました。

“やり遂げた”かと書きましたが、事の成否や社会的価値は重要ではなく、事にあたって行動するプロセスについて自分自身の心の中での納得が得られるかどうかが重要だと感じています。その意味で成功や失敗で増減しない価値ということはわかる気がします。

 

この意見に全てが集約されていて、代わりに記事を書いて欲しいくらいなのですが…(笑)
人と比較すると、たとえば成績なら、下を探そうと思えば探せてしまう反面、上も見たらキリがありません。比較対象を変えることで、いくらでも自分の位置をごまかせてしまいます。
しかし、「自分がどうあれたか」、はごまかせません。取り組みが充分だったか否かは、自分が一番よく知っています。
大事なのは、自分をごかさずに、一生懸命取り組めたかどうかなのだと思います。そうすれば、結果は伴わなくても、人より優劣のあることでも関係なく、「私は、やったぜ」と思えるのではないのかな。

 

私も作業療法士の国家試験や選挙の時に、「これだけやれば大丈夫」、「やれるだけのことはやった」、「もしダメでも仕方ない、つらくて数日寝込むだろうけど…一生懸命だったことは変わらない」と同じようなことを感じました。

 

 

世間は、受験シーズン。
望む結果が得られる人、そうでない人がいると思います。
結果の正否で、自信が左右されがちかもしれません。

しかし、たとえ望んだ結果が得られなくても、受験に立ち向かった経験に価値があると思います。今はそう思えなくても、その経験がいつかきっと自信に繋がる日がきます。

受験生、(あと、就活生も)応援しているよ!