以前に、幸福度が高い国の理由について書きました。
この幸福度がどのように測られているのかと言うと、
①人口あたりのGDP
②社会的支援の有無(困ったときに頼ることができる親戚や友人がいるか)
③健康寿命
④人生の選択の自由度(人生で何をするかの選択の自由に満足しているか)
⑤寛容さ(過去1か月の間にチャリティ等に寄付をしたことがあるか)
⑥腐敗の認識(不満・悲しみ・怒りの少なさ、社会・政府に腐敗が蔓延していないか)
などを指標にしていて、
自分自身にも当てはめてみると、なるほど確かに、
困った時に頼れる人がいるかどうか、人生において自身で選択できる幅の多さなどは、
幸せに関係していそうです。
ただ、これらの指標で優秀な成績をおさめていても、
自分のことを幸せだと感じられない人はいて、その逆もあります。
たとえ、お金を持たず、病気がちでも、幸せに包まれている人もいるのです。
それらを分けるものは何だろう?と奈良に遊びに行った夜に、友人と考えていました。
アルコール度数4%の缶チューハイですでに酔っ払いつつ、
幸せそうな人の理由の一つは、今あることへの感謝だと感じました。
「今の状況がすでに幸せ、もう充分だ」と思えている人は、総じて幸せそうです。
僕らはつい、もっと〇〇が欲しい、もっと〇〇でありたいと求めてしまうけど、
この欲望には終わりがありません。
今あるものを手にした後には、もっと良いものが欲しくなります。
それは時に向上心に変わっていくので、別に悪いことだとは言わないけれど、
「もっと幸せになりたいなー」「なんだか不幸せに感じるなー」と思った時は、
一度立ち止まって、今すでに手元にあるものに目を向けると、
意外と実は、すでに幸せな自分に気が付ける気がします。
この夜も、
G.W.にこうして友人とお酒を飲めているだけでもう充分、幸せ。
G.W.に今夜泊まる宿を見付けられただけでもう充分、幸せ。
迷わずに旅行できているだけでもう充分、幸せ。
幸せを感じられるこの心に、乾杯。
と、今まで幸せだと感じなかったことも、
考えようによっては幸せなことだと思えてきました。
(考えているだけで、なんだか面白くなって幸せな気分になる…酔っ払ってるせい?)
つらい時は、一旦、今すでにある幸せに目を向けて、
もう充分満たされているけれど、より良く生きられるように頑張ろう!
と前向きに捉えていきたいですね。
しち おう/志智 央
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