しちおう ブログ

不登校を経て、作業療法士として病院に勤務、現在は稲沢市議会議員として活動する「しちおう」のブログです。

家族なのだから介護して当たり前だと言わないで:小室哲哉さんの会見で思うこと

僕は小室哲哉さんの音楽で育った世代だ。

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その時の写真がこれ。

青春をTKとビートゥギャザーしたと言っても過言ではない。
 


先日、高次脳機能障害を持つ妻の介護が負担であった旨の発言を聞いた。

当事者ではないので、「分かる」とは口が裂けるでもしない限り言えないけど、僕も家族や仕事を通して介護を見てきたから、大変だっただろう…と察する。

 高次脳機能障害とは…

言葉を話す・聞く、頭で考え行なう、記憶するなど「高」い「次」元にある脳機能が頭部への外傷や脳卒中によって障害されること。着替えなどある特定の動作が出来なくなったり、櫛などある特定の物が使えなくなったり、言葉が話せない・言葉を理解できない、人格が変わるなど障害される脳の部位によって症状の出方が異なる。また、手足の麻痺などが合併していない場合、一見すると症状が分からず、理解を得られにくいといった苦悩も多い。 

 
介護して当たり前という空気。

多くの人は、夫だから介護できて当然と思うのかもしれない。でも、大変な出来事も、家族ならやって当たり前、出来て当たり前に思えてしまう根拠はどこにあるのだろう。

 

愛情があれば、何でも出来るから?
じゃあ、なぜ介護疲れの末に大切な人を殺してしまうとてつもなく悲しい出来事が起きるのだろう。
彼らの間には、愛情がなかったのかな。僕はそうは思わない。


もちろん、同じ状況になれば、四の五の言わず僕も頑張る。

だけど、うまく出来る自信はない。
介護は世の中にとってありふれた出来事だけど、その人や家族にとっては初めての事で、失敗したり、不安になったりすることばかりだろう。愛情によって超えられるラインを超える壁に出会うこともあるだろう。

 

介護に限らずに、子育てもそう。
親だから、やって当たり前、出来て当たり前って空気はしんどい。

 

 

荷物を分け合う。

たとえば、10個の荷物があったとして、

僕が僕らしく生活しながら持てる他人の荷物は5個までかもしれない。

荷物の主がたとえ家族であっても、持てる物の数には限りがある。

 
そんな時に、家族なのだから全部持てとは言わないで。10個の荷物を分け合う作業を手伝って欲しい(それは社会が担う物もあるだろうし、能力や技術を用いて重さを軽減させることも重要になります)


介護者は助けてって言えないから、自分の価値観を押し付けずにただ話を聞くか、「僕は、〇〇なら手伝える」と、具体的に伝えてくれるだけで楽になる。 
 
この世界に自分一人だけかもしれないって感覚は生きる力を奪っていくから、気にかけているよのサインで救われることがあると思います。

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