高校生の時に、一人暮らしをしている先輩がいた。
彼は人を惹き付ける何かを持っていて、慕われていた。
私もその内の一人で、先輩の家に集まって、よく朝までバカ騒ぎをしていた。
私の通った高校は、何らかの事情を抱えながら通う人が多かった。
だから、私たちにとっての「卒業」は、心地の良い居場所を後にするだけでなく、社会との戦いの始まりでもあった。いつしか、先輩の家は、高校を卒業してバラバラになった私たちの待ち合わせ場所にもなっていた。
厳密に言うと、家ではなく、先輩自身が待ち合わせ場所になっていたのだと思う。
今、その家はない。
もっと言うと、先輩ももういない。若くして亡くなってしまった。
それでも、私たちは、未だに集まり続けている。
もう13年。今は先輩の記憶を待ち合わせ場所にしている。
先日、新年会として集まった後に、墓参りした。
28歳で止まってしまった先輩の時間。いつしか私たちの方が先輩になってしまった。
少しくたびれて、髭の生えた顔になったけど、
私たちはそれ以外あんまり変わらずに、元気にやっている。
今もバカ騒ぎしながら、変わらず先輩を思って集まっている。
時間は有限であることを痛いほどに感じながら、今年も頑張ろうと誓う。